夢
「ねえ、顔を向けないと声が聞こえないの?」 家に帰った直後の会話で私の母から言われた一言。私は音が聞こえていないわけではない。手元にボードがない状態では頷くか首を振るかしか出来ず、片手が塞がった状態では、いつどこで誰が何をどうした、は答えられない。 普通に会話をする時、人は身振り手振りに言葉をつける。違うよ、とかそうだね、とか。私も頭の中では当たり前にこうしている。しかし表には出てこない。 母がこういった直前、私は母と目を見て話していた。何かを聞かれて少しの間だが、何も返答できなかった。単に言葉が出てこないだけだった。頭の中で言葉が出ないことによって身振り手振りもしなくなっていく。どう答えたらいいかを考えるうちに失われていく。 着々とひとつの死に向かっているのだと知った。言葉の死である。 言葉を殺さないように、こうして文章にする。自分の感情を忘れてしまわないように、何かを常に記録していく。けれどそれでも失われるものがある。何かが死んでいく感覚がある。日に日に消えていくものがある。 夢を見ると言葉を話している。悪夢だろうと何だろうと、言葉を話している、それだけでも辛い思いになることがある。ただその漠然とした恐怖は、首を絞められている時とも、高熱の時とも言い表し難い。きっと最も近いのは、後天性で盲目となった人が見る色のある夢だろう、と思う。