top of page
検索

  • 執筆者の写真: 三時 伊藤
    三時 伊藤
  • 2018年10月30日
  • 読了時間: 2分

「ねえ、顔を向けないと声が聞こえないの?」 家に帰った直後の会話で私の母から言われた一言。私は音が聞こえていないわけではない。手元にボードがない状態では頷くか首を振るかしか出来ず、片手が塞がった状態では、いつどこで誰が何をどうした、は答えられない。 普通に会話をする時、人は身振り手振りに言葉をつける。違うよ、とかそうだね、とか。私も頭の中では当たり前にこうしている。しかし表には出てこない。 母がこういった直前、私は母と目を見て話していた。何かを聞かれて少しの間だが、何も返答できなかった。単に言葉が出てこないだけだった。頭の中で言葉が出ないことによって身振り手振りもしなくなっていく。どう答えたらいいかを考えるうちに失われていく。 着々とひとつの死に向かっているのだと知った。言葉の死である。 言葉を殺さないように、こうして文章にする。自分の感情を忘れてしまわないように、何かを常に記録していく。けれどそれでも失われるものがある。何かが死んでいく感覚がある。日に日に消えていくものがある。 夢を見ると言葉を話している。悪夢だろうと何だろうと、言葉を話している、それだけでも辛い思いになることがある。ただその漠然とした恐怖は、首を絞められている時とも、高熱の時とも言い表し難い。きっと最も近いのは、後天性で盲目となった人が見る色のある夢だろう、と思う。 


 
 
 

最新記事

すべて表示
ご報告(発声障害について)

キャスの方で先日12月5日ご報告させて頂きましたが改めましてご報告をさせていただきます。 私伊藤三時は心因性発声障害が寛解致しましたことを、ここに正式にお伝え致します。 寛解といいますのは『病気などが一度落ち着き、平常に戻ること』でありまして、鬱病等の精神障害に使用する言...

 
 
 
記録_献血

瀉血。しゃけつ。昔々に行われていた治療法の一つ。現代ではサブカルの世界でリスカに並ぶ『趣味』として現在も存在し続けている。 風邪でも熱でも何でも瀉血すれば治るというのは流石に現代では難しいだろう。ただ血を流し身体をリフレッシュさせるという点では一理あると思っている。残念な...

 
 
 
記録

大学の友人や後輩と話す時に筆談をするのだが、最近はスマートフォンのメモ機能を使うようになった。時々見返していて、その中でも私は面白いことを言っているな、思った以上に子供っぽいんだな、と思う事がよくある。 例えば、 『そのシャープペンね、 中学から使ってるの...

 
 
 
特集記事
後でもう一度お試しください
記事が公開されると、ここに表示されます。
最新記事
アーカイブ
タグから検索
ソーシャルメディア
  • Facebook Basic Square
  • Twitter Basic Square
  • Google+ Basic Square

© 2023 by Name of Site. Proudly created with Wix.com

bottom of page